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社長ブログ
President Blog

自分自身③ ~境界線~

さて今回は、①ワークステージ、②シゴトに続けて③段、「志事/仕事」と「死事=労働」の境界線について、2つの言葉でもう少し掘り下げて考えていくことにしました。


よく「シゴトがつまらない」と言っている人を見かけるが、その場合の「シゴト」とは実は「死事=労働」と私は認識しています。

また、「プライベートとシゴトを分けたい」や「オン・オフをきっちりしたい」という人がやっている「シゴト」も実は、ただの「死事=労働」と思ってます。


「シゴト」という言葉は、人それぞれ定義が曖昧で、明確な境界線が存在すらしていないから錯覚を起こすと感じてます。

世間では、労働(私事・死事)もひっくるめて全てを、仕事と表現することが間違えで、実際は「労働(私事・死事)」なのに「仕事」という言葉にすると、何か崇高で尊いものに感じるのも問題と思ってます。


一般的に、沢山の方々が「お金をもらうことが労働」という感覚が頭に染み込みすぎており、「会社に行く= お金をもらう」になってしまってます。

会社から給料を当たり前にもらってる時点で「これは労働なんだ」と自らが決め付けてしまっていることに、気がついてないのでしょうか?


真実は、自分自身で「仕事」を「労働」にしてつまらなくしているということですよ。

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例えば、救急隊員や警察官、自衛官や医者などの職業の方はおそらく自分の仕事を「労働」だとは思ってないでしょう。

「人の命を救いたい」「人の役に立って笑顔を見たい」「社会を良くしたい」という使命感と価値基準があるから「仕事」をやっている人たちばかりでしょう。

また学校の先生も、「労働」としてやっている人たちは、責任感もなくいい加減だろうと思います。一方で「子どもたちが成長するのを助けたい」「自分の経験を子どもたちに伝えたい」「この子たちの暮らしを豊かにしていきたい」という思いがある先生は、プライベートな時間も惜しまず質の高い教育をしてくれているでしょう。

当然、自分の子どもを預けるなら、価値基準がある、そういう先生に預けたいですよね。

使命としてやっている人や、組織としての想いや意味を納得してる人は、多く人から必要とされるので、価値を更に高めていくでしょうね。


そして、以前のブログ:働くって、いいもんだ https://clubmaison.co.jp/blog/2020/03/post-152.html の動画でもある東京メトロの職員さんたちは、使命があり「仕事」として安全第一を全うする方ばかりだから雰囲気に良いんですよね。こんな方々にはファンがおり、安心して乗車したいと感じますね。

しかし、「労働」だけの方々ばかりで、想いもなく好き勝手にな組織の場合であれば、人は要らなく自動運転で安全の担保あれば充分と、感じるのは私だけでしょうか?

今後、「労働」と「仕事」とが更にハッキリと分かれていき、残酷なまでに広がっていくと予測します。

これまで「商品の物質的な価値」だけで購入されていた「モノ消費」から「面白い体験」に価値を移した「コト消費」へと移り変わり、これからは、「魅力ある人や組織の価値」にフォーカスされ消費が動く「ヒト消費」の時代が本格的に始まるからです。(※5G、ライブコマースも後押しするでしょうから)


ポイントは、自分がそのシゴトをどう捉えるしかありません。

自分自身のマインド次第で「仕事」にも「労働」にもなるのです。


仲間たちが正しい知識を持ち考え、判断できるまで成長することを願っております。

追記

仕事のやり方はいくらでも教えられるが、「マインドセット」は自分の中から芽生えてくるものだということ。当社に「労働者」と「従業員」はいりませんので。。。